暮らしのブログ

じぶんを整え、ごきげんに生きる

体験したことしか書けない、記憶しか語ることはできない。

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子どもといっしょに、4月は山登りへ、5月はプラネタリウムと美術館へ行ってきました。
 
3歳になってようやく言語を用いたコミュニケーションができるようになり、着替えなど一人で出来ることも増え、おかげで少しづつ心に余裕が生まれています。
 
子育てに少し余裕が出てきたら、いろいろと気になることが出てきました。
 
たとえば、このブログのアクセス数。どれどれ、見てみようじゃないの。
 
ポチッ・・・
 
・・・!!!
 
遊びにきてくれた人のために、もっと中身のある文章を書けたらなぁ。役に立つことが書けなくても、せめて和んで、帰ってもらえたらなぁ。
 
そう思いながら、ふと、
 
「自分が体験したことしか書けない」
「自分の記憶しか語ることはできない」
 
という、耳の痛い言葉を思い出しました。
 
まだ、学生だった頃です。今思えば、学生時代の私は、特殊な環境にいたのかもしれません。
 
著名なアーティストの方々と行動をともにし、展覧会や写真集の準備をお手伝いをしたり、食事や移動の時間をともに過ごすなど、
 
貴重な体験をさせていただく中で、縁あって雑誌や新聞などに、文章や挿絵を載せていただけることもあったのです。
 
 

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ある時、知り合いの編集者の方に呼ばれました。
 
先日、雑誌の原稿を読んだということ。あなたが体験して、あなたが感じたことを、あなたの言葉で書いているのか疑問に思ったということ。
 
世間一般で言われていることと、あなたが感じることは、一致しなくていいということ。みんなと同じである必要はないということ。
 
理想的であろうとすることは、自分の心に嘘をつき、感覚を麻痺させるということ。
 
あなたが、本当はどう感じて、何を思ったのか。それが知りたい。あなたは今、自分の心の声に耳を傾けることができているのか、心配になった。
 
優しい表情を浮かべながら、そう話してくれました。
 
その時ほど、ハッとさせられることは、なかったように思います。
 
幼い私にあきれて、黙って離れていくこともできたでしょう。それなのに、勇気をもって伝える選択をし、気づきを与えてくれた。
 
その後も何かあるたび声をかけてくださった、その方を思い出すたび、心の中から感謝の気持ちがわいてきます。
 
恥ずかしい思い出。若くて未熟で、浅はかだった、あの頃。今だって、まだまだ、できていないけれど、ずっと忘れずに、覚えている。
 
「自分が体験したことしか書けない」
「自分の記憶しか語ることはできない」
 
知識や一般論を書くのではありませんよ。裏付けがあるからといって、憶測や想像で語るのではありませんよ。人に伝わるのは、あなたの心の動きなんですよ、と。
 

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記憶って、楽しいとか、嬉しいだとか、良いことばかりではありません。辛かったこともあるでしょう。泣いて過ごした夜もあるでしょう。後悔していることだってあるでしょう。
 
それは、成長するチャンスだったと思うのです。苦難を乗り越えた人は強くなれただろうし、他者に優しくできる人にもなれたはずです。ベタな言い方をすれば、あの時があるから今がある(笑)
 
だから、大丈夫。ネガティブな記憶は、10年、20年も経てば、いずれ宝物。今がつらくても、きっと、大丈夫。
 

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体験と記憶を通じて初めて、自分を知ることができるのかもしれません。
 
大好きなママと一緒に歩くのはうれしいとか、森林浴は気持ちがいいとか、夕暮れ時の空のグラデーションは美しいとか、そういうことでいいのでしょう。
 
多くの実体験や経験、思い出が、心の中にあればあるほど、他者に寄り添う力、自分を助ける力になる。
 
だから、子どもには、たくさんの体験を積ませてあげたい。
 
6月も半分が過ぎようとしていますが、今月はまだ、子どもと一緒に、新しいことにチャレンジしていません。
 
さーて!今月はどこに行こう?何をしよう?